ベトナムの移転価格税制に関して経営者が把握すべき事項①
2021/06/24
- 中村 祐太
はじめに
ベトナムでの移転価格税制にかかる税務調査の指摘は厳しさを増している。2019年は外資企業を中心に概算で800社の調査が行われ、1社あたりの指摘額(追徴額および罰金)は円換算で1,000万円程度と追徴税額も大きい(注)。2020年もCOVID-19の影響で税務調査自体が減少しているなか、移転価格に関する税務調査は比較的行われていた。一方でベトナム人スタッフや日本本社も実務経験が少なく、結果として税務リスクを抱えている企業も多い。本稿では移転価格税制に関し、その重要性や作成する文書について解説するので、移転価格文書の整備等対応の際に、参考にしていただきたい。
(注) 出典は以下の記事(ベトナム語)https://tapchitaichinh.vn/su-kien-noi-bat/nganh-thue-chongchuyen-gia-doi-voi-cac-doanh-nghiep-co-hoat-dong-lien-ket-318829.html
1.移転価格税制の重要性
移転価格税制とは、企業が関連者(出資関係25%以上等の条件を満たす企業)との取引価格(移転価格)を第三者との取引価格(独立企業間価格)と異なる金額に設定することで、一方の利益を他方に移転することで行われる税逃れを防止するものである。日本では国外関連者取引を対象としており国内取引は対象としていないが、ベトナムは国内の関連者もその対象としている。
移転価格税制への対応が重要である主な理由を以下に挙げる。
① 指摘された際の多額の追徴税額と将来へのインパクト
移転価格税制においては、税務局が不適切と判断した場合、もしくは納税者が適切な説明をできない場合、税務局の判断で適切とされる利益に基づく課税額を決めることができる。これを「推定課税」という。そのため本来得ていない利益に対して納税を求められてしまう。加えて、あるべき利益を税務局に決められてしまうので、過年度の修正だけでなく、将来においてもその指定された利益率を税務上は適用しなければならなくなる。
② 現地法人経営者が把握しておくべき
関連者との取引が対象となるため、ベトナム人スタッフが契約内容の詳細を理解できていないことがあり、また親子間取引等のため契約書の作成が中途半端な状態であったり、更新されていなかったりするケースも見られる。そのため日本の親会社との連携を、ベトナム現地法人の経営陣がスタッフ任せでなく、自らの責任で対応できるように管理を行う必要がある。
③ 早い段階での対策
移転価格税制については、法人税申告書の作成期限までに移転価格文書といわれる会社作成のファイルを作成し保管しなければならないとされている。移転価格文書の詳細や免除要件は以下で改めて説明するが、文書自体は要求されなければ提出は求められない。ただし、税務調査で提出を求められた場合、求められた日より15営業日以内に提出する必要がある。この文書は自社で作成することは難しく、会計事務所等に作成依頼をすることになるが、通常3ヵ月程度要するため、提出を求められてからの作成では、多くの場合は間に合わない。
以上のように、移転価格税制は①指摘された際のインパクトが大きいため、②現地法人経営者が関与し、③なるべく早い段階で対応すべきである。
2.移転価格税制の概要・文書作成の進め方
以下、移転価格に関する基本的な項目をまとめるので、ご参照いただきたい。詳細や個別の運用は都度専門家に確認することをお勧めする。
移転価格文書の内容・作成期限 | 移転価格文書は以下の3種の文書からなる 〇ローカルファイル ・関連者間取引が移転価格税制の観点から問題がないかを記載した文書。 ・法人税申告書の提出期限までにベトナム現地法人が作成。 〇マスターファイル ・最終親会社が作成したグループ全体の移転価格ポリシー等を記載した文書。 ・法人税申告書の提出期限までに最終親会社が作成。 〇国別報告書 ・グループ企業の財務情報等を記載した文書。 ・最終親会社が作成不要の場合、ベトナム現地法人も作成不要(日本本社が最終親会社の場合、日本の法令上は連結売上高1,000億円以下であれば作成不要)。 |
移転価格文書の作成基準 | 以下の文書免除規程に該当しない限り、ローカルファイル・マスターファイルの作成が必要。 ① 会計年度における納税者の総売上が500億ベトナムドン未満、かつ関連者(出資関係25%以上)との取引が300億ベトナムドン未満であること。 ② 税務当局との合意書(AdvancePricingAgreement、APA)を締結し、所定の報告書を提出している。 ③ 事業内容が単純で、売上高が2,000億ベトナムドン以下で、EBIT(税引前利益に支払利息を足し戻したもの) ÷ 売上高が業種別に以下の場合 卸売業;5%以上、製造業;10%以上、加工業;15%以上 |
独立起業間価格で取引していることの検証方法 | ローカルファイルにおいて、自社と比較対象企業の利益率等を比較する方法(移転価格算定方法)に関しては以下のような方法が用いられる。 ① 営業利益率を基準に比較するもの。 →取引単位営業利益率法(TNMM法)、利益比較法(CPM法) ② 売上総利益率を基準に比較をするもの。 →再販売価格基準法(RP法)、原価基準法(CP法) ③ その他 →独立価格比準法(CUP法)、利益分割法(PS法) 比較対象企業の選定方法については、市場データベースから比較対象となる企業を選定し、その35~75%に当社が入っているかを確認する(この範囲内であれば独立企業間価格であるとみなされる)。 |
移転価格フォームについて | 法人税申告時に以下のフォームも併せて提出する必要がある。 ・Form1:関連者の情報、関連者・非関連者に区分した損益情報等 ・Form2:ローカルファイル作成のための必要情報のチェックリスト ・Form3:マスターファイル作成のための必要情報のチェックリスト ・Form4:国別報告書の内容 ※Form1は必須、Form2~4は当該移転価格文書の作成が不要の場合、不要。 |
推定課税 | 移転価格の税務調査において、要求された帳簿書類等を遅延なく提示・提出できない場合に、税務当局が同業他社の利益水準等を基に適切な利益を推定し、過年度の申告を修正するよう求め、事業形態に変更等ない場合、将来においても当該税務局が推定した利益を課税対象とする。 |
法的根拠 | 主な法的根拠は以下 −通達 No.66/2010 / TT-BTC(有効な期間:~2017年5月1日) −政令 No.20/2017 /NĐ-CP(有効な期間:2017年5月1日~2020年12月20日) −政令 No.132/2020 /NĐ-CP(有効な期間:2020年12月20日~) |
たとえばグループ売上が1,000億円以下、かつ文書免除規程に該当しない場合、ベトナム現地法人が用意すべき主な資料は以下になる。
・移転価格フォーム:Form1~3を法人税申告時に併せて提出
・ローカルファイル:ベトナム現地法人が作成して社内保管
・マスターファイル:親会社が作成したものをベースに作成、ベトナム語訳を社内保管
また、ベトナム現地法人に作成義務のあるローカルファイルでは、以下のような手順で作成する(所用期間は通常3ヵ月程度)。
① グループ概要・取引内容の把握
・事業内容や商流の把握、財務データや契約書収集
↓
② 移転価格算定方法の選定・比較対象企業の選定
・①をもとに、取引の内容に適した移転価格算定方法を選定
・比較対象企業の選定に関しては商業データベースから業種や地域・事業内容をもとに選定。
↓
③ ローカルファイル作成
おわりに
以上みてきたように、移転価格税制は指摘を受けた際のインパクトが大きいため、ベトナム現地法人の経営者が文書作成等のスケジュール管理、内容の把握・調整等、中心となって行うべきだと考える。
本稿を参考に移転価格税制の概要について理解するとともに、自社が移転価格文書の作成対象か確認し、対象である場合は作成を進めていただきたい。次回は、弊社の経験をもとに、税務調査で実際に指摘されやすい項目についてまとめる。
以上