Reportレポート

2024年社会保険法の主要な変更点

2024/09/25

  • Ho Thi Y Nhi

はじめに

2024年6月29日に2024年社会保険法が公布され、2025年7月1日より正式に施行される。改正法には、労働者の実質的な福利厚生を確保・強化するための重要な変更点が多く含まれているが、同時に雇用者にとってはコンプライアンス遵守や体制整備に向けて、新たな課題が生じることが予想される。

本稿では2024年社会保険法の主要な変更点を整理し、雇用者が労働者の権利確保に向けて、法律に準拠した社内体制の整備を進められるよう支援するものである。

1.社会保険の加入対象者拡大

改正法では社会保険の加入対象者が拡大された。具体的には、強制社会保険に加入しなければならない労働者が7項目、任意社会保険に加入できる労働者が2項目追加された。下記の表にて、前者の7項目のうち特に注目すべき3項目を纏めている。

2014年社会保険法 2024社会保険法 補足
無期労働契約または1ヶ月以上の有期労働契約で働いている 無期労働契約または1ヶ月以上の有期労働契約で働いている
(労働契約と異なる名称で合意または契約を締結している場合でも、賃金を得ており雇用者の管理、運営、監察を受ける内容である場合も対象)
一部の雇用者が社会保険制度への加入義務を回避するため、労働契約を結ぶことなく、共同作業合意や請負契約などの異なる名称の合意または契約を締結しているケースがある。
そのため改正法では、労働契約と名称が異なる合意または契約であっても、その性質が労働契約とみなされるものについては、社会保険の適用対象となることが明記された。
対象無し 下記条件を満たすパートタイム労働者は社会保険加入対象となる。
・1カ月以上の有期労働契約または無期労働契約によりパートタイムで働いている
・月給が社会保険料算定基準の下限と同等かそれ以上である
改正法公布の目的のひとつは、加入対象者を社会保険を必要とする人、社会保険料の支払能力を有する人にまで拡大することである。左記の新たな対象者追加は、この目標に即した対応となっている。
対象無し 給与を受給していない企業管理者、取締役会役員、社長、ディレクター、監査役会の役員、監査等

この改正に従い、来年の改正法施行後には、雇用者は新たに社会保険の加入対象となる労働者を特定したうえで、対象者の登録手続きを行う必要がある。

2.社会保険料支払いの基礎となる給与の変更

上記の社会保険加入者の拡大に加え、社会保険料支払いの基礎となる給与にも変更が加わる。詳細は下記の通り。

2014年社会保険法 2024年社会保険法
「社会保険料支払いの基礎となる給与」には以下が含まれる[1]
(i)           基本給与
(ii)          給与手当
(iii)         労働法の規定によるその他の追加支給
「社会保険料支払いの基礎となる給与」には以下が含まれる[2]
(i)           基本給与
(ii)          給与手当
(iii)         各給与期間に定期的かつ安定的に支払われることが合意されたその他の追加支給額

2014年社会保険法の詳細ガイダンスでは、「労働条件や仕事の複雑さ、生活環境などを考慮して支給する給与手当であり、労働契約で合意した基本給与に含まれていない手当」および「労働契約上の給与に加えて定期的に支給される一定額の追加支給」については社会保険料の計算時に含めなければならないとされていた。

一方で、「労働者作業プロセスや職務遂行結果に伴う給与手当」および「労働者の職務遂行結果に基づき、労働契約上の給与に加えて定期的または不定期に支払われる不定額の追加支給」は社会保険の対象外となっていた。

上記で定められた複雑な決定条件によって、社会保険料の納付金額相違や違反行為が多くみられた。これを受けて、改正法では社会保険料支払いの基礎となる給与基準を明確化、簡素化することで上記のような違反を抑制することが期待されている。

雇用者が「(iii)各給与期間に定期的かつ安定的に支払われる」という新基準を理解した上で、当局からの詳細な案内を待ち、要件を確認する必要がある。

3.社会保険一時金の受給に関する規定の変更

2014年社会保険法では、社会保険一時金の受給要件は非常に簡単であった。2014年以前は、労働者が下記条件全てを満たし社会保険加入1年ごとに社会保険料算出基礎となった月給の平均の1.5カ月分、2014年以降は加入1年ごとに同平均の2カ月分の給与を受けることができた。
・年金受給年齢に達していない場合
・年金の受給に必要な加入年数に達していない場合
・1年間就労せず、社会保険にも加入しなかった場合

退職後、年金を受給するまでの期間が長いため、実際、多くの労働者が当面の生活費を賄うために一時金の受給を待つことが多い。このような状況によってベトナムの社会保障政策の不備が浮き彫りになっているだけではなく、企業が労働者を管理・活用する上で多くの問題を引き起こしている。実際のところ、社会保険基金からの社会保険一時金を受け取ることのみを目的として、唐突な退職を選択肢として常に持っている労働者も多い。

こうした理由で、上記の不備を抑制することを目的に2024年社会保険法が改正された。 改正法では、2025年7月1日以前に社会保険料に加入していた労働者は、保険脱退後12カ月間に強制社会保険および任意社会保険に加入せず、社会保険料納付期間が20年未満である場合、社会保険一時金を受給できると規定されている[3]。 一方、2024年社会保険法の施行日(2025年7月1日)以降に強制社会保険に加入する労働者については、上記条件による社会保険一時金の受給の適用を認めないこととしている。

改正に伴い、雇用者側にとっては一時金の受給に関わる労働者の離職リスクが軽減され、人材の安定化に繋がると考えられる。

おわりに
今回は2024年社会保険法の改定項目で特に注目すべきものを案内した。これらの改定に伴い、雇用者側にはプラスの影響だけでなく課題も生じる可能性が高い。したがって変化する法規制に準拠した社内方針を調整し、人事管理の質を向上させる必要がある。これらの取り組みを積極的に行うことで、上記の法規制改革から最大限の利益を獲得し、ベトナム産業の安定と長期的な発展に寄与することに繋がるであろう。

[1] 2014年社会保険法の第89条
[2] 2024年社会保険法の第31条1項b号
[3] 2024年社会保険法の第70条1項dd号

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