移転価格の税務調査で焦点となるベンチマーク分析
2025/01/15
- I-GLOCAL CO., LTD.
- ホーチミン事務所 Director
- 山中 宏仁
ベトナムはグローバル水準の移転価格税制を適用しているため、グループ会社間の取引価格(利益率)を適正に設定することが重要です[1]。適正価格を設定した上で毎期必要となる対応事項がいくつかあり、重要なのが「移転価格ローカルファイルおよびマスターファイルの文書化」です。
ローカルファイル・マスターファイル文書化
ベトナム企業は毎年度末の法人税確定申告期限までにローカルファイルおよびマスターファイルを作成する義務があります。
ローカルファイルとはベトナム子会社に着目した文書であり、類似企業の利益率レンジと自社利益率の比較分析(いわゆるベンチマーク分析)もこの文書に記載します。マスターファイルとは企業グループ全体に着目した文書であり、どちらも一般的にボリューミーであり、特にローカルファイルは50ページ以上にのぼることも珍しくありません。
文書名 |
主な記載事項 |
ローカルファイル | 関連者の情報、関連者取引の内容、市場の情報、関連者間の機能・リスク、財務データ分析、ベンチマーク分析などを記載 |
マスターファイル | グループの組織構造、事業概要、財務状況などグループの活動全体像に関する情報を記載 |
以下いずれかに該当する場合は文書化免除となりますので、ぜひ活用して文書化コストを低減したいところです。
① 会計年度における総売上が500億ドン(約3億円)未満かつ関連者取引総額が300億ドン(約1億8,000万円)未満であること
② 事業内容が単純であり、無形資産の開発および使用に関する費用・売上が発生せず、売上が2,000億ドン(約12億円)未満かつ借入利息及びEBIT(利払い・税引前利益)の合計/売上の割合が販売事業の場合は5%以上、製造事業の場合は10%以上、加工事業の割合は15%以上であること。
③ 税務局と移転価格事前確認の合意書(いわゆる「APA」)を締結し、APA関連法令規定に従った年次報告書を既に提出していること
税務調査で焦点となるベンチマーク分析
税務調査でよく焦点となるのが、ローカルファイルに記載するベンチマーク分析です[2]。
ベンチマーク分析では取り扱い製品またはサービス・事業規模・地理的な所在地などが類似する企業を複数選定し、類似企業の利益率レンジを計算します。その上で、ベトナム子会社の利益率が類似企業の利益率レンジに収まっているので、移転価格税制上適正です と説明するのが目的です。
類似企業リストのイメージ
No. |
社名 |
所在国 | EBIT/ 売上高 (%) |
1 | ABC Co., Ltd. | Vietnam | 5.77 |
2 | CONGTY TNHH DEF | Vietnam | 0.97 |
3 | GHI Joint Stock Company | Vietnam | 1.25 |
4 | JKL Inestment & Trading Joint Stock Company | Vietnam | 0.51 |
5 | MNO Trading Co., Ltd. | Thailand | 0.11 |
6 | PQR Chemical Co., Ltd. | Thailand | 3.48 |
7 | Chemical STU Development Co., Ltd. | Thailand | 6.23 |
8 | VW Golden Chemical Co., Ltd. | Thailand | 5.00 |
ベンチマーク分析のイメージ
項目 | EBIT/ 売上高 (%) |
35 パーセンタイル (レンジ下限) | 1.10 % |
50 パーセンタイル (中央値) | 2.37 % |
75パーセンタイル (レンジ上限) | 5.19 % |
ベトナム子会社の利益率 | 3.00 % |
ベンチマーク分析結果 | レンジ内であり、問題無し |
経験上、ある一事業年度のベンチマーク分析だけであれば、比較的難易度は低いと感じています。しかしローカルファイルは毎年作成する文書であり、事業内容等に変更無ければ同じ企業を選定することが望ましいです。つまり過年度との整合性が求められるわけですが、ベトナム子会社の利益率も毎期一定とは限りません。
利益率の良い年・悪い年全てをカバーする利益率レンジを設定できる類似企業リストを構築するのは容易ではなく、特に年度によって利益率が大きくブレてしまう会社の場合は難易度が高いと言えます。
ビジネスなのでコントロールできない要素も多々あるものの、移転価格の観点からは、できるだけ毎期の利益率が一定になるように取引価格設定など調整していくのが望ましいです。また、新規にベトナム事業を立ち上げるのであれば、事前にベンチマーク分析を実施し、移転価格税制上の適正利益率を把握した上で自社の利益率設定等を検討することをおすすめします。
[1] 過去のレポートもご参照ください。
[2] 税務調査で指摘を受けやすいポイントは他にもあるため税務専門家にご相談ください