ベトナムにおける資産除去債務の計上について
2020/04/06
- 米国公認会計士
- 鈴木 友紀
はじめに
企業が建物や設備等の有形固定資産を取得した場合、IFRS や日本会計基準によると、取得した資産の原価には、取得価格、運賃や設置等の直接的な付随費用に加えて、将来の退去時に発生する原状回復コストも資産除去債務として含まれる。ところがベトナム会計基準では、有形固定資産の原価に資産除去債務を含める規定がない。将来の原状回復費用の発生が高い確率で予測されたとしても、ベトナムではほとんどの場合、費用が発生した会計年度に、実際に発生した費用を一括計上する。ベトナム会計基準では、将来の債務を事前に財務諸表に計上することが難しいのである。
本稿では、このようなベトナムの現状と企業側が取り得る対応策について、ドンナイ省ビエンホア 1 工業団地の移転計画公表を機に説明する。
1.有形固定資産の原価とは(IFRS、日本会計基準、ベトナム会計基準の比較)
(1) IFRS・日本会計基準における有形固定資産の定義、原価の構成要素
IFRSおよび日本の会計基準では、有形固定資産とは以下のように定義される。
IFRS:不動産・工場や設備等、生産やサービスその他事業目的で 1 年超にわたって使用されるもの。
日本の会計基準:目に見えるもので、1 年を超える長期にわたり利用される事業用資産。原則として営業の用に供されるもの。
IFRSおよび日本の会計基準における有形固定資産の原価計上ルールは、比較的似ている。両基準とも、有形固定資産を取得した場合、原価には、購入価格や建設費に加えて、購入目的を達成するために必要な以下のような費用(付随費用)を含めて計上する。
・資産の取得時の輸送費
・輸送中の保険
・紹介業者への手数料
・既存構築物の撤去費用
・設置・試運転の費用
・資産除去債務
・金利費用(状況や対象により、含まれる場合と含まれない場合とがある)
IFRS・日本会計基準:原価=購入価格+建設費+付随費用(輸送費、保険、手数料、撤去費用、試運転費用、資産除去債務、金利費用)
(2) ベトナム会計基準(VAS)における有形固定資産の定義、原価の構成要素
VASにおける有形固定資産の定義は、目に見えるものであり、かつ以下の条件を満たすものとされる。
① 将来の経済的便益が得られるもの
② 取得原価が信頼性をもって計測できるもの
③ 耐用年数が少なくとも 1 年あるもの
④ 取得価格が 3 千万ドン以上であるもの
そして、有形固定資産の原価には以下のもののみが含まれると規定されている。
① 購入価格や建設費(値引等減額後)
② 租税公課(還付できないもののみ)
③ 資産を使用するため直接的に必要な費用
VAS:原価=購入価格+建設費+租税公課+直接的に必要な費用(輸送費、設置費用、試運転費用、行政手続費用等)
IFRSや日本の会計基準で認められている付随費用のうち、輸送費や設置費用、試運転の費用、行政手続費用等は、上記③の資産を使用するために直接的に必要な費用に含まれる。しかし、資産除去債務については、何らの規定も存在していない。なお、金利費用については、取得原価に含めて資産計上してはならないことが明確に定められている。
(3) 資産除去債務とは
資産除去債務とは、例えば取得した有形固定資産が借地上に設置されている場合、退去時の資産の撤去や原状回復に必要な費用を意味する。
法令や契約上で原状回復や撤去義務が定められていれば、IFRS においても日本の会計基準においても資産除去債務の計上が求められる。IFRSに基づけば、法令上・契約上で明確に原状回復義務が規定されていなくても、費用が発生する可能性が十分に高ければ資産除去債務を計上する。
IFRSや日本会計基準で資産除去債務を計上するのは、予測可能な将来の負担をあらかじめ財務諸表に反映させるほうが、費用発生時に総額を一括計上するよりも保守的な対応だと考えられるからである。財務諸表を利用する利害関係者にとって、予測可能性を高めるため有益であるのみならず、費用を平準化できるため経営の安定という観点からも有意義だからである。
なお資産除去債務は、あらかじめ専門業者から見積もりを取得して、合理的な金額を算出する必要がある。将来の支出に関するものなので、見積額をそのまま原価に加算するのではなく、現在価値に割り引いてから計上する。割引率は、一般的には無リスクの割引率に信用リスクを調整した利率を適用する。したがって適用される利率は国や業種、個々の企業で異なる可能性がある。
(4) VASに資産除去債務の概念がない理由
このような性質を持つ資産除去債務が VAS で規定されていないのは、それなりの理由があると考えられる。ひとつには「資産除去債務」が「直接的に必要となる費用」と言えるかどうかが明確とは言えない点だろう。ベトナムでは、原状回復をおこなったうえで引渡をするという考え方が必ずしも主流ではなく、構築物や機材をすべて残して退去することも多い。残された構築物や機材は、次の借主がそのまま使用してもよく、不要な場合は家主側で処分するのである。
また、将来の費用を現時点で見積もるため、物価が安定していない国や地域では信頼できる割引率を測定できない点も、理由の一つだと思われる。つまり、資産除去債務を「信頼性をもって計測」することは難しく、恣意性が高くなるとベトナムでは考えている可能性がある。
2.工業団地の移転・終了計画がある場合について
(1) 工業団地の移転に伴う原状回復費用の計上
2018年5月にドンナイ省ビエンホア(※1)工業団地(以下、ビエンホア)を含む地域を 2025 年までに商業地域にする計画があり、その実施のため 2022 年までに同工業団地は移転されるとの報道があった。2020 年3 月の国営ベトナム通信の続報によると、現時点ではビエンホアを商業施設化するための法的根拠が実はまだ整っていないものの、計画を合法的に進めるため、2020年6月にビエンホアをベトナムの工業団地計画から除外し、移転と商業施設への転用のための法整備を行うことについて、ドンナイ省と政府との間で合意が得られたとのことである。
例えば IFRS に基づけば、このような場合各企業は資産除去債務を計上する必要が生じる。発表のあった 2018 年時点で、工場・設備の解体費用の見積もりを取得し、必要な調整を加えたうえで有形固定資産の価値に加算することになる。ちなみに、そのほかにも移転費用等の計上も必要となる。しかし VAS では、前述の通り資産除去債務の計上を認めていないため、企業側は、予測される大規模な支出をどのように財務諸表に反映するか、判断が必要となる。外資企業としては、資産除去債務や引当金を計上しないままで、本国の親会社に報告することはできないので、以下の方法を考慮する必要があるだろう。
①IFRS に準拠して資産除去債務を計上する
VAS では資産除去債務の計上が明確に禁止されているわけはないので、IFRS を適用して計上する。ただし、計上の必要性、また根拠となる見積もりや割引率の決定根拠も明確にしておく必要がある。
②原状回復費用を引当金計上する
もう一つの対応策として、引当金を計上する方法がある。
実際には、ベトナムでの引当金計上事由は主に以下の4つの場合とされている。
a) 売買目的有価証券の価値下落
b) 他社への投資持分の価値下落
c) 貸倒引当金
d) 棚卸資産の在庫の減損引当金
これらに該当しないため、引当金として計上する方法は、1)と同様に明確にVASでは規定されていないが、否定もされていない。資産除去債務を計上する場合と同様に正確な見積もりと割引率をもって計上することになるだろう。
③連結財務諸表でのみ計上する
外資企業であればベトナム法人の財務諸表上での計上を最初から断念し、本国との連結財務諸表においてのみ、資産除去債務や引当金を計上するにとどめる、という対応もありうるだろう。
2.資産除去債務、引当金計上にあたっての注意点
なお、資産除去債務や引当金を計上するかどうかの判断にあたっては、実際に原状回復にかかるコストの多寡や割引率についてよく検討する必要がある。
コストの多寡については、ベトナムでは、まだ日本と比較して人件費等のコストが低い。企業規模に対して原状回復にかかるコストが小さい場合には、資産除去債務を計上する意味がないかもしれない。割引率については、ベトナムのインフレ率や借入金利等を参考に決定する必要がある。2020 年 3 月時点のベトナムドンの市中預金金利は 6%程度で、貸出金利は 10 数%なので、割引率も 10 数%になるだろう。日本と比べて高金利である。かつ、金利水準も必ずしも安定しているとは言い切れない。社会経済が不安定になれば、金利の変動も大きくなるだろう。
10 年や 15 年先の資産除去債務や引当金を計上する際に 15%の割引率を適用すると、企業規模によっては、現時点で財務諸表に計上する必要がないほどの金額となる可能性がある。また、毎年金利の大幅な変動が生じるような状況では、一旦資産除去債務や引当金を計上すると、割引率の見直しや、累積償却額の見直しが頻繁に必要となってしまうだろう。
終わりに
本稿では、最近になって照会が増えた、ベトナムにおける資産除去債務の計上方法について説明した。ベトナム会計基準では明確な定めがない事項のため、実際に計上の必要が出てきた場合には会計事務所や監査法人等とよくご相談いただくことをお勧めしたい。