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労使関係における物的責任に関する留意点

2022/12/13

  • I-GLOCAL CO., LTD.
  • Tran Ha My

はじめに
 物的責任に関する規定は、雇用者の就業規則に記載される重要な規定の一つである。また、労働者が物的損害を与える行為をした場合に、雇用者の権利及び利益を保全する内容でもある。そこで本稿では、雇用者が物的責任に関する規定を実際に適用する際に考慮すべき、一般的な原則及び留意事項について説明する。

1.物的責任とは
 物的責任とは、雇用者が労働者に対して適用する法的責任の一つであり、雇用者が、作業中の労働者によって与えられた物的損害に対する賠償請求を行うことにより適用される。

2.物的責任を適用する際の原則
 物的責任を適用する際に考慮すべき原則は次のとおりである。
(1)雇用者の財産に物的損害をもたらしたという、労働者の行為の存在が必要である。なぜなら損害賠償は、労働者が雇用者の用具、機器、設備を故障させた場合又は雇用者の財産に損害を与えるその他の行為をした場合に限って生じるものだからである 。
(2)雇用者の財産に与える物的損害が、実際に発生している必要がある。
(3)雇用者は、労働者の経済状況、親族、及び 財産に基づき検討した上で、損害賠償金を決定する必要がある。

3.損害賠償金及び損害賠償請求の方法

ケース 損害を与える行為 損害賠償請求の方法 備考
ケース1 雇用者の用具、機器、設備を故障させた場合又は雇用者の財産に損害を与えるその他の行為をした場合 法令の規定又は雇用者の就業規則に従う。
ケース2 地域別最低賃金の10カ月分を超えない金額の程度で不注意による、重大ではない損害を与える行為をした場合 労働者は最大で給与の3カ月分に相当する金額を賠償しなければならず、当該金額は毎月の給与から控除される。 給与からの控除額は労働者の毎月の社会保険料、健康保険、失業保険、個人所得税控除後の金額の30%を超えてはならない。
ケース3 雇用者の用具、機器、財産又は支給された雇用者の財産を紛失した場合又は許可された程度を超えて物資を浪費した場合 市場の時価又は就業規則に従って、一部又は全額の損害賠償をしなければならない。 責任契約が締結されている場合は、責任契約に従って賠償しなければならない。

出所:各種資料を基に執筆者作成

備考:
・労働者は、自然災害・火災・破壊行為・危険な疫病・惨事・客観的な理由により生じた予期せぬ事象に対して、必要かつ可能な限りの措置を講じたにもかかわらず、損害が発生し、克服するのが不可能である場合においては、 損害賠償責任を負わない。
・雇用者は、損害を与える行為をした労働者に対する賠償請求を円滑に行うために、就業規則において損害賠償基準(一部か全額)又は損害賠償金の計算方法を明確に規定するべきだと考えられる。

4.物的損害賠償請求の時効期間
 物的損害賠償請求(以下、損害賠償請求)の時効期間は、労働者が雇用者の用具、機器、設備、財産又は支給されたその他の財産を故障させ、紛失した日又は許可された程度を超えて物資を浪費した行為があった日から6カ月である。これは雇用者が注意すべき重要な点である。なぜなら、雇用者は労働者が損害を与える行為をした日から6カ月以内に、労働者に対し物的責任の規定を適用しなければ、それ以降は適用できなくなるからである。

 なお、雇用者は下記の期間にある労働者に対しては損害賠償請求をすることができない 。
・病気・治療静養のための休暇、雇用者の許可を得て取得した休暇期間。
・逮捕、拘留中の期間。
・2019年労働法第125条1項及び2項に規定される、窃盗、横領などの違反行為に対する立証捜査権限を有する機関からの結果及び結論待ちの期間。
・妊娠中の女性労働者、出産休暇中、生後12カ月未満の子供の育児中の期間。ただし、損害賠償請求が許可されない上記の期間が終了した結果、損害賠償請求の時効期間が既に終了した、又は残りの時効期間が60日未満となった場合は、雇用者は損害賠償請求の時効期間を延長することができるが、延長期間は上記の期間の終了日から60日を超えてはならない。

5.損害賠償請求を行う際の手順及び手続き
 損害賠償請求の手順及び手続きは次のような3ステップを含む。

ステップ1 損害行為について労働者に対し書面による報告をするよう要求する
ステップ2 損害賠償請求を目的とした会議を行う
ステップ3 損害賠償請求の決定を下す

備考:
ステップ1:労働者が損害を与える行為をしたことが発覚した後、すぐ実施しなければならない 。

ステップ2:損害賠償請求の時効期間内に下記のとおり実施しなければならない。
-雇用者は、会議当日の少なくとも5営業日前までに、会議の出席者に通知し、出席者の全員が会議を行う前に通知を受け取ったことについて返事しなければならない。
-会議通知書の内容には、会議の実施時間、実施場所、損害賠償請求の対象となる労働者の氏名及び違反行為を含めなければならない。(雇用者は会議の実施時間や実施場所の変更を希望する場合は、会議の出席者と相談できるが、合意に至らない場合は雇用者が最終的に判断することができる)。
-出席者のいずれかが、会議への出席の返事をしなかった場合又は欠席した場合でも、雇用者は会議を予定どおり行う。
-会議の内容は議事録に記録し、会議終了前に可決されなければならない。議事録には会議の出席者全員の署名が必要である。議事録に署名しない者がいた場合、議事録作成の担当者は、議事録に氏名及び署名しない理由(該当ある場合)を明記する必要がある。

ステップ3:損害賠償請求の決定書は、損害賠償請求の時効期間内に発行されなければならない。また、決定内容には、損害の程度及び原因、損害賠償金、損害賠償の支払期限及び支払方法が含まれていなければならず、また会議の出席者全員に共有されなければならない 。

上記の労働関係以外の損害賠償については、雇用者は民事法の規定に従って請求しなければならない 。

おわりに
 物的責任は、労働者が雇用者の財産に損害を与える行為をした場合に対し適用できる雇用者の権利の一つである。しかし、雇用者は物的責任に関する規定を適切かつ十分に適用しなければ、労働者との紛争につながる恐れがある。従って、雇用者は、法律によって与えられた権利を行使しつつも、物的責任に関する規定には十分に注意を払う必要があると考えられる。

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