Reportレポート

ベトナム社会保険の概要と法改正等による企業と駐在員への影響

2024/09/07

  • 米国公認会計士 
  • 渡 柚輝

 日本人駐在員を含め、ベトナムで給与所得を得る労働者は強制保険への加入が義務付けられている。強制保険は社会保険、健康保険、失業保険の3つで構成されており、外国人は社会保険と健康保険のみが対象である。2024年6月29日公布の改正社会保険法及び2024年7月1日施行の公務員の基礎賃金上昇により、社会保険料に変化が生じている。

 本稿では前半で社会保険の概要を説明し、後半で法改正や公務員の基礎賃金上昇による保険料額への影響を解説する。

1. 社会保険の基礎と法改正等による変更点
1.1 ベトナムの強制保険の概要と社会保険料の算定方法

ベトナムの強制保険は以下の通りである。

補償内容 対象者 負担率
社会保険 疾病手当、産休手当、労災・職業病手当、退職年金(一時社会保険含む)、遺族年金 ベトナム人および

外国人労働者

(社内異動者は除く*1

会社負担率:17.5%
個人負担率:8%
健康保険 医療費の8割給付(医療保険適用可能な病院のみ) 無期雇用契または3か月以上の雇用契約がある労働者(社内異動者は除く*1 会社負担率:3%
個人負担率:1.5%
失業保険 加入期間に応じた期間、平均給与の60%を給付 3か月以上の雇用

契約があるベトナム人

会社負担率:1%
個人負担率:1%

 社会保険の対象外となる社内異動者は、労働許可証(ワークパーミット)に「社内異動」と明記されている必要がある。企業内では社内異動に該当すると思われているが労働許可証に記載がないケースは、税務調査時または保険調査時に指摘される可能性がある点、ご留意いただきたい。

*1:一般的には「社内異動者」は社会保険と合わせて健康保険も免除される。一方で法令上、健康保険の免除については明文化されていないため、免除の可否については社会保険機関へ確認されることを推奨する。

 社会保険料を算定するにあたり、以下のうち低い金額が当該個人の給与として取り扱われる。
・ 総所得(役職手当・資格手当等含む) から業績賞与・インセンティブ、食事代、労災給付金等の一部手当を差し引いた金
・ 公務員の基礎賃金(月額:2,340,000VND) を20倍した金額(約28万円)。今回の法改正により2025年7月1日からの算定基準が変更される点、留意が必要である。(詳細は1.2 IIIに記載)

 なお、日本の社会保険のような扶養控除はベトナムの社会保険には存在しない。
ベトナムの公務員の基礎賃金は以下の通り上昇傾向にあり、今後もベトナムの経済成長に合わせて上昇することが想定される。基礎賃金が変更されるたびに個人の社会保険料に影響があるため、最新情報を把握する体制を整える必要がある。

2019年 2022年 2024年
公務員の基礎賃金(月額) 1,490,000 1,800,000 2,340,000

   (単位:VND)

1.2 社会保険法の改正内容

 2024年6月29日に公布され、2025年7月1日より正式に施行される改正社会保険法において、企業が留意すべき事項は以下の3点である。

I. 社会保険の対象者拡大
以下に記載の労働者等を加入対象者として追加

・給与を受給していない企業管理者(以下事例)
a) 最高経営責任者(CEO)
b) 取締役会の構成員
c) 監査役会の構成員

・以下の条件を満たすパートタイム労働者
a) 1カ月以上の有期労働契約または無期労働契約によりパートタイムで働いている
かつ
b) 月給が参考水準(同項IIIに詳細記載)以上である

II. 社会保険料算定の対象となる給与の定義変更
 「社会保険料算定の対象となる給与」は以下3点で構成される。
a) 基本給与
b) 役職・職務手当
c) 各給与期間に定期的かつ安定的に支払われることが合意されたその他の追加支給額

*上記 c)にて、定期的な賞与なども算定対象給与として取り扱われることが新たに明記された。一方で営業成績によるインセンティブや労働者の状況を考慮して支給される一時給付金のような手当は算定対象外給与とされている。
今回の改正の目的は各種手当の取り扱い変更ではなく、ルールの明確化による違反の抑制である。改正前から勤続手当等を含めて社会保険料を算定している場合には問題ないが、そうでない場合には今後はそれらを含めて算定する必要がある。

III. 社会保険料の上限となる基礎給与算定時に使用される基準の変更
 これまで基礎給与の算定には「公務員の基礎賃金」が使用されてきたが、今回の法改正により「参考水準(reference level)」が新たな基準となる。参考水準は消費者物価指数の上昇、経済成長、国家予算および社会保険基金の状況等を多面的に考慮し、政府により決定される。2024年9月1日現在、参考水準の金額は公表されておらず、政府からの公表情報を注視していく必要がある。

2. 日系企業への影響と対応策

2.1 企業が負担する社会保険料の増加
 今回の法改正による保険料の増加は、企業と個人双方の負担増となる。大手企業の場合、駐在員の社会保険料は個人負担分も含めて全額会社で負担しているケースも多いが、その場合はさらなる会社負担額の増加となる。
多くの駐在員の社会保険料算定の対象給与はベトナムの公務員の基礎賃金の20倍以上となるため、基礎賃金の20倍が社会保険料算定の基礎給与とされている。
今回の公務員の基礎賃金上昇により、上限とされる基礎給与(月額)は以下の通り上昇している。

(234万VND – 180万VND) x 20 = 1,080万VND

 駐在員が社会保険の対象である場合、企業は上記給与の25.5%(会社負担率および個人負担率の合計)を納付する必要がある。以下が今回の基礎賃金上昇による社会保険料の増加額である。

1,080万VND x 25.5% x 12 = 3,304.8万VND (約20万円 / 年間)

 仮に5人の駐在員を抱える場合、社会保険に係る年間コストが約100万円大きくなり、その影響は小さくない。

 また、現地法人もしくは駐在員事務所でベトナム人のパートタイム労働者を雇用する場合、2025年7月1日以降、労働者の社会保険に係る会社負担分を納付することが求められる。本改正により、パートタイム労働者を雇うことで生じるコストが増加する点も留意する必要がある。

 2.2 不要な保険料増加を防ぐ対応策
 負担する社会保険料の軽減策として、駐在員を社会保険の対象外とすることがあげられる。駐在員が「社内異動」に該当する場合、社会保険および健康保険の対象外と整理することが可能となる。

 社内異動者の定義は政令 152/2020/ND-CP 第 2.1 条にて、以下の2つの条件を満たす者とされる。
I. ベトナムに子会社や駐在員事務所などを有する外国の親会社の代表取締役社長、管理者、専門家または技術労働者の当該現地拠点への異動(なお当該親会社は、異動先の子会社と直接的な資本関係を有する必要あり)
II. 少なくとも 12 カ月以上の期間、親会社で勤務

 上記の条件を検討する際にあたり、下記のようなケースに留意が必要である。
・親会社以外のグループ内企業からベトナム現地拠点へ異動する場合には社内異動に該当しない。
・地域統括拠点がシンガポールや香港にあり、その子会社(つまり日本の親会社の孫会社)としてベトナム法人が紐づいている場合、地域統括拠点がベトナム法人の親会社となるため、日本法人からベトナム法人への異動は社内異動と考えることは難しい。

 上述の通り、昨今の社会保険法改正および公務員の基礎賃金上昇により、企業および駐在員の社会保険料負担額が増加している。法令変更前の方法で保険料を納付してしまっていると、税務調査または社会保険調査時に発覚して、罰則を含めて想定外の大きな支出に発展してしまう可能性がある。今回の法令変更を機に、必要に応じて専門家の協力も得て、適切な社会保険料の納付状況を確認することをお勧めする。

【問い合わせ先】 I-GLOCAL CO., LTD.
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