Reportレポート

業種別ベトナムM&Aの特徴・留意点 第2回~小売業~

2024/09/22

  • I-GLOCAL CO., LTD. ハノイ事務所
  • 日本国公認会計士
  • 近藤秀哉

はじめに
 本稿ではシリーズ第2回目として小売企業のM&Aを実施する際の留意点について解説する。
 堅調な経済成長及び人口増加に伴う消費拡大により、ベトナムの小売業界は一層の成長が見込まれている。しかし一般的に外資による小売業の新規設立はハードルが高いうえに、言語や商慣習の壁もあり一から現地で独自のサプライチェーンや販売チャネルを築くことは難易度が高い。
 M&Aは現地の販売・供給ネットワークを有するローカル企業を買収して事業展開できる効率的な進出方法であるが、留意すべき小売業特有のポイントもあるため、本レポートにて解説を行う。

 

1. 対象会社の事業や将来性に関する留意事項
✔️ 強い地域性
 ベトナムでは首都ハノイを中心とした北部と商業都市ホーチミンを中心とした南部を筆頭に経済圏が形成されている。各都市の地域性はかなり強く、街中で見かける小売店舗は北部と南部でガラッと変わっている。小売を支える流通・運送も地域ごとに中小規模の業者が乱立しており、北部の小売業が南部に進出するもしくはその逆は容易ではない。
 対象会社の将来性を考える際は、地盤を置く地域での拡大を目指すのか、地盤の無い地域への進出も狙っていきたいのか等、地域性を考慮していきたい。

✔️ 地場競合大手の存在
 ベトナムではVinグループ等の財閥系や、テーゾイジードン、バックホアサン等のローカル大手により小売マーケットの大部分が占められている。これら大手は資金力に加え、意思決定スピードやネットワークにおいて圧倒的なアドバンテージを有しており、外資の参入障壁となっている。特にチェーン展開をする小売にとっては、良い物件の情報をどれだけ早く正確に入手・出店意思決定できるかが重要であるが、M&A対象会社がこうしたスピード感やネットワークを有しているか、地場大手に負けない強みを持っているか等、見極めていきたい。

✔️ 強気な事業計画
 第1回レポートでも述べたが、ベトナムでは対象会社が事業計画を強気に作成していることが多い。小売業では事業計画と出退店計画が密接にリンクするが、あまりに強気な出店計画が事業計画のベースになっている場合、その実行可能性を慎重に検証する必要がある。

 

2. 買収ストラクチャリングに関する留意点_M&A実施時
✔️ 外資規制
 基本的に外資規制はなく、マジョリティ出資も可能である 。しかし外資による取扱いが許可されていない品目(HSコード)が存在し、そのようなHSコードは削除が必要となる。

✔️ 対象会社が不動産を保有している場合のM&A承認手続
 対象会社が土地使用権や店舗建物といった不動産を所有している場合、その不動産の場所や用途によっては、当局によるM&A申請手続に時間がかかることがある 。申請が却下されることもあり得るため、対象会社が重要な不動産を保有している場合、法務専門家の関与も含め事前に買収スキームを慎重に検討する必要がある。

✔️ 商工局へのビジネスライセンスの申請取得
 外資企業がベトナムで小売活動を行うには、商工局に対しビジネスライセンスの申請取得が必要となる 。ビジネスライセンスには販売品目全てのHSコードの登録記載が要求され、M&A後に取り扱い品目を追加する場合は、都度ビジネスライセンスの修正が必要となる。

 

3. ストラクチャリングに関する留意点_M&A実施後の新規出店
 多店舗展開型の小売業であれば、M&A後に新規出店を加速していくと考えられる。外資が新規出店する際の流れは一般的に下記の通りとなる。

  ① 土地建物の手配/賃貸契約
  ② 経済合理性テスト(Economic Needs Test: ENT)の受審および小売店舗設立許可書の取得
  ③ 営業拠点(Business Location)の登録およびその他消防法や食品衛生関係許認可の取得

 法令上、店舗ごとに投資登録証明書(IRC)を取得することは要求されていないが、②の手続の過程で当局に取得を要求される可能性がある。その場合には、店舗ごとに資本金を設定のうえ、対象会社のERCの資本金増額修正、店舗ごとのIRCの取得申請手続きを行う必要がある。(明確なレギュレーションは無いが、最低でも1店舗あたりUSD100,000以上の資本金拠出を要求されるケースが多い)。またIRCの取得こそ要求されなかったとしても、上記②または③の手続の過程で当局から資本金の拠出元について聞かれることがあり、その際にIRCを取得していれば説明が容易になる。

✔️ 経済合理性テスト(Economic Needs Test: ENT)について
 対象会社が保有する既存店舗をM&Aにあたり引き継ぐ場合、たとえマイノリティ出資であっても、対象となる店舗全てについて管轄のENT評議会によるENT審査を受ける必要がある。また現地当局の方針にもよるが、原則複数の店舗のENTを同時並行で進めることはできず、1店舗ずつ順番にENTが行われることが多い。1店舗あたりの一般的な審査期間は2~3ヶ月程度のため、引き継ぐ店舗が多い場合にはすべてのENTが完了するまでに膨大な月日を要することになる。
 M&A時に引き継ぐ店舗がない場合でも、その後新規出店により2店舗目以降を出店する場合は、原則として管轄のENT評議会によるENT審査を受ける必要がある。ENTはローカル企業保護の施策であり、外資にとって大きな参入障壁となっている 。
特に店舗の消防設備が不十分である場合は審査に通らない可能性が高く、出店遅延に繋がるため、消防検査証明書を適切に有している物件を選ぶよう留意いただきたい。

 ENTには免除要件があり、①商業施設において500㎡未満の面積で出店する場合、②コンビニエンスストアやミニスーパーに該当しない場合の2要件を満たす場合は免除となる。対象会社の出店計画や成長戦略を考える際、ENTの要否は重要なポイントとなるため、ストラクチャリングの段階から実施要否を確認しておきたい。

 

4. デューデリジェンス(DD)における主要なイシュー
✔️ 不動産の賃貸契約
 小売業では複数のオーナーと店舗関係不動産の賃貸契約を締結していることが多いが、各種違約金や遅延損害金、契約終了条項など重要な項目については入念な確認が必要となる。例えば中途解約ができない/解約できたとしても膨大な中途解約料を請求される契約となっている等、不利な条項が含まれている可能性もあるため留意が必要である。

✔️ 売上の過少計上および対応するアウトプットVATインボイスの未発行
 小売企業の場合、顧客のほとんどは個人であるため、VATインボイスを発行する機会が他業種と比べて少なく現金取引も多い。このような売上を帳簿に計上せず、課税所得を減らすことで、意図的に法人税・VATを過小申告しているケースがみられる。
 インボイスを発行するかは対象会社が決めるため、このイシューは是正が容易と考えられるが、営業上の競争力を維持するため、VAT相当の金額を値引きし、顧客への販売金額(税込)を税抜と同水準に維持せざるを得ない状況も想定される。こうしたケースでは事業計画にも影響するため、是正の実行可能性とそのインパクトについて慎重な検討が必要である。

✔️ 労務関係
 一般的に小売企業は従業員数が多く、正社員以外にもパートタイマーやトレーニーなど、様々な契約形態の従業員を採用している。この状況を利用して、不当に法人税や社会保険(SHUI)負担を減らすスキームを有しているリスクが他業種と比べても高い傾向にある。
 例えば、実態よりも高い給与手当および賞与が記載された労働契約を従業員と締結している場合がある(実態よりも高い給与の労働契約書を準備して税務申告用の帳簿に計上し、課税所得を小さするケース)。また労働契約や給与スキームを調整することでSHUI対象となる給与を見かけ上少なくし、SHUI納付を免れている場合もあるため留意が必要である。
 労務関係のイシューについては、従業員への説明・是正に関する同意が必要となるため、是正の難易度は比較的高いと考えられる。またこれまで免れていた税・SHUI負担が是正により増加するため、こちらも事業計画にあたえるインパクトを慎重に検討する必要がある。

✔️ 在庫管理
 一般的に小売企業は多くの在庫を倉庫に保管しているが、ベトナム小売企業では在庫管理状況が不適切な場合が多い。例えば定期的に棚卸を実施していない、在庫が無造作に陳列されており棚卸を容易に実施できない、監視カメラが設置されておらず盗難や紛失を防止しにくい等の不備がよく発見されるため留意が必要である。

✔️ ECサイトを運営している場合の法規制対応
 昨今、店舗での販売に加えてECサイトを運営するケースが増えている。この場合、ECサイトの登録や、管轄機関への通知、サイト運営や取り扱い商品に関わる規制など、ECサイトの性質に応じた規制を遵守していない場合があるため留意が必要である。

 

おわりに
 以上、ベトナム小売企業のM&Aにおける留意事項等の解説を行った。特にクロージング後の新規出店時においてENTといった煩雑な手続きが必要となる可能性があるため、ストラクチャリング時に十分な検討が必要となる。また売上高や労務関係のイシューについては、これを是正した場合コストが大きく増加し、事業計画の見直しを余儀なくされる可能性もある。

 成長余地が大きいベトナム小売市場であるが、その成長市場を適切に取り込んで事業運営するためのコストも相応に大きい。買収時に想定した事業計画やシナジーを達成できるよう、事前に必要な手続きや想定イシューを把握しておくべきであり、本レポートがその一助となれば幸いである。

 

[1] ベトナムM&Aの全体的な流れについては、第1回目のレポートを参照
[2] M&A承認の担当当局は計画投資局(DPI)であるが、不動産の場所や用途によってDPIから公安省など関連当局への照会が行われることがある。
[3] ビジネスライセンスについては過去のレポートも参照頂きたい。https://www.i-glocal.com/report/37824908/
[4] ENTはTPP発行から5年が経過する2024年に撤廃予定と言われているが、本レポート執筆時点において、実務上ENTが引き続き要求されている。今後の動向を注視していきたい。

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