ベトナムへの出張者の個人所得税と短期滞在者免除申請の可否
2024/11/06
- 米国公認会計士
- 渡 柚輝
ベトナムの法令上、短期(暦年183日未満)滞在者でも非居住者としてベトナム源泉所得に応じた個人所得税の申告納税が求められる。一方で、「ベトナム社会主義共和国政府と日本国政府との間の租税に関する二重課税の回避及び脱税防止のための条約(以降、「日越租税条約」)」により、一定の条件を満たせば個人所得税の免除申請が認められている。しかし、近年税務当局の見解に変化が生じ、その免除申請が否認されるケースが増えてきている。
本稿では出張者の個人所得税および日越租税条約に基づく短期滞在者の免除申請について説明するとともに、最新の税務当局の動向について解説する。
1. 出張者の個人所得税
ベトナムの個人所得税は、居住者の場合、日本と同様に累進課税制度に基づき申告・納税する。また、出張者などの非居住者もベトナム源泉所得を申告・納税する必要がある。このベトナム源泉所得には親会社から支払われた給与も含まれ、一般的には滞在日数に応じた金額を申告・納税する。出張者の個人所得税の申告・納税の判断は企業により異なるが、特に現地法人または駐在員事務所が出張者の費用を負担する場合には、税務調査時に申告漏れが指摘されるケースが増加している。
非居住者の場合、税率は一律20%で、以下の通り計算される。
納付税額 = ベトナム労働日数 / 年間の労働日数 × 全世界所得(給与)× 20%
(CIRCULAR No.111/2013/TT-BTC Article 18 参照)
ベトナム国外で得た所得は四半期ごとの申告が求められ、実務上、年間給与ではなく、出張した月の給与等に基づき申告することが一般的である。そのため、ボーナス支給月にベトナムに出張し、個人所得税を申告・納税する場合、ボーナスを含めて個人所得税を計算・申告・納税すべきと考えられる。上記を踏まえ、ボーナス支給月にベトナム出張があると個人所得税が高額となる点、ご留意いただきたい。
2. 日越租税条約に基づいた免除申請の条件
日越租税条約の第15条に基づき、以下すべてを満たす出張者は個人所得税に関する短期滞在者の免除申請を提出することができる。
a) 暦年の滞在期間が暦年183日未満であること
b) 報酬がベトナムの居住者である雇用者等又はこれに代わる者から支払われていないこと
c) 報酬が雇用者のベトナム国内にある恒久的施設又は固定施設によって負担されるものではないこと
一般的に出張者の給与やホテル代等の各種経費は日本法人が負担しており、a)~c)のすべてを満たすケースが多い。法令をそのまま解釈すると、駐在員事務所の有無にかかわらず、上記条件を満たす場合、免除申請を提出し、出張期間の個人所得税を免除することができる。
3. 免除申請に係る当局の最新動向
I. 最新の当局の見解
2の免除申請の条件を満たす場合においても、ハノイ当局は以前より駐在員事務所がある場合、条件c)を満たしていないとして免除申請を否認してきた。否認理由は以下の通りである。;
親会社のビジネス全体を考慮すると、駐在員事務所の本質は支援・準備ではなく、親会社の利益に直接関係していると考えられる。(例:契約の交渉および締結、広告、アフターサービス等)
そのため、駐在員事務所は恒久的施設と考えられ、免除申請は認められない。
一方でホーチミンでは、特に出張ベースの駐在員事務所の所長は個人所得税を納める代わりに免除申請を提出しており、これまで多くの場合、税務調査で承認されてきた。
しかし、近年ホーチミン税務当局の見解が変わり、ハノイ当局と同様の理由に基づき、免除申請が否認されるケースが増えてきている。今後は駐在員事務所の所長で出張ベースで渡越する場合においても、任命状に定めたベトナム源泉所得に基づき個人所得税を納税することが推奨される。
II. 免除申請の承認・否認状況
A. 2022年分以前の免除申請
これまで免除申請は当局に受理された時点で承認・否認に関して通知されず、税務調査の際に初めて承認・否認が明らかになっていた。そのため免除申請が承認される前提で出張期間の個人所得税を申告・納税しておらず、税務調査時に免除申請が否認され、未納の所得税および未申告に対するペナルティや遅延利息が発生している。
2024年11月現在、2022年分以前の免除申請の承認・否認については結果が出ていない状況で、こちらからオフィシャルレターで確認した場合、現状の当局の解釈に基づき否認される可能性が高い。今後、税務調査の際には否認される可能性があることも想定して臨む必要がある。
B. 2023年分以降の免除申請
2021年発行の財務省通達Circular 80/2021/TT-BTCにより、免除申請は受理されてから30日以内に承認・否認の通知が届く仕組みに変更された。
しかし、ハノイでは2023年分以降の免除申請についても引き続き結果が届いておらず、税務調査時に初めて承認・否認が判明する。一方で、ホーチミンでは当該規定は2024年より実務的に適用され始め、2023年分以降の免除申請については税務調査前に結果がわかるようになった。ただし、Ⅰで述べた通りそのほとんどが否認されている。
ベトナムでは法令に変更がなくとも、当局の法令解釈の変更により、過去に認められていたものが否認されてしまうケースが少なからず見受けられる。当局に不服申立しても覆すことは簡単ではなく、税務裁判の実例がほとんどないため、日本のように税務裁判で争うことも現実的ではない。租税条約上は短期滞在者免除申請の適用が可能であっても、出張者として申告納税した方が、結果として節税に繋がることが多いのが現状である。
その判断はケースバイケースで異なり、また、税務当局の対応も変化していくものと思われるため、専門家に相談のうえ、最新の状況を元に対応策を検討されることを推奨する。
【問い合わせ先】 I-GLOCAL CO., LTD.
担当:渡 柚輝 yuzuki.watari@i-glocal.com
ホーチミンオフィス +84-28-3827-8096 ハノイオフィス +84-24-2220-0334