業種別ベトナムM&Aの特徴・留意点 第3回~卸売・流通業~
2024/11/15
- I-GLOCAL CO., LTD. ハノイ事務所
- 日本国公認会計士
- 近藤秀哉
はじめに
本稿ではシリーズ第3回目として卸売・流通業M&Aの留意点について解説する。
なお卸売業と流通業は似た概念であるが、本稿において卸売業とはおおまかにB to Bの「仕入れ」と「販売」に注力する商社、流通業とは「仕入れ」と「販売」のみならず商品の保管や配送、在庫管理、情報管理など、製品が効率的に最終消費者に届くまでのサプライチェーン全般に関与するビジネスを念頭において解説する。
1. 対象会社の事業や将来性に関する留意事項
✔️ 流通チャネルや販売網
卸売・流通業の場合、対象会社がどのような流通チャネル・販売網を持っており、どのような営業スタイルを取っているかが最も重要な評価ポイントとなると考えられる。M&A初期交渉段階において、例えば以下のようなポイントを確認・評価していきたい。
♢ 流通チャネル・販売網の強みは何か (商品ラインナップの豊富さや専門性、特定サプライヤーとの独占販売契約等の仕入由来の強みか、マーケティング能力や小売店とのコネクション等、営業由来の強みか 等)
♢ 流通チャネル・販売網を維持拡大するためのキーとなる要因 (対象会社オーナーなど特定の人物のコネクションに依存するのか、営業マン等の営業努力で拡大可能か 等)
♢ 営業スタイル (マーケティング中心か、訪問営業中心か等)
♢ 販売実績に応じた仕入先からの受取リベートや得意先(二次代理店や小売店等)への支払リベートはあるか、またある場合はどの程度の金額規模か
♢ 例えば小売店における販促費用を一部負担する等、リベート以外に流通過程で発生する多額の費用はあるか
私見では、ベトナムではB to Bの専門商社は外資・ローカル含め既に多数のプレーヤーが活動している一方、流通業者はそこまで多くなく、一部大口業者を除き各地域で小規模の流通業者が活動している印象である。これはシリーズ第2回で解説したように、ベトナムはいまだ地域性が強く、ベトナム全土にまたがる規模の業者が育ちにくいためと考えられる。
また日本では発達・既に成熟しているような、商品の企画立案から物流・在庫管理・マーケティングまでを担当するような総合流通業は少なく、流通業者といっても実態は物流(ロジスティクス)業者に近い機能しか持っていない業者も存在する。日本で総合流通業が担っている機能の多くは、ベトナムにおいては現状、小売業者(マサンやCoop Martなど)もしくはメーカー(サイゴンビールやVina Milkなど)のどちらかが直接担当している印象であり、流通業が今後どのようにベトナムで発展していくかが注目される。
✔️ 事業計画・成長戦略
対象会社の事業計画・成長戦略を考える上で、やはり基礎となるのが上記で解説した流通チャネルや販売網である。流通チャネルや販売網を拡大するとしたら、それは流通地域を広げるのか、取り扱い商品ラインナップを増やすのか、もしくは既存商圏の深堀なのか(リーチする小売店の数を増やす等)など、拡大戦略をしっかり確認した上で、その拡大戦略が事業計画に落とし込まれているかを確認していきたい。
その他、流通過程で発生する各種コスト(マーケティング・在庫管理・物流費など)の構成や水準についてもしっかり確認していきたい。特に流通チャネルや販売網の拡大に見合った倉庫や物流業者の確保が可能なのかは成長戦略上、重要となると考えられる。
2. M&Aストラクチャリングに関する留意点
卸売・流通業は外資規制業種ではなく、一般的にM&Aストラクチャリングは比較的容易と考えられる。以下では、その中でも留意すべき事項をいくつか紹介する。
✔️ M&A後の競業避止について
対象会社の営業活動がオーナー等、特定の個人に依存している場合、当該個人がM&A後に別会社で同様のビジネスを立ち上げるリスクが想定される。このリスクは有形資産を持たないビジネスの場合、特に重要と考えられ、事前に競業避止義務に関する契約を締結する等の対策を講じることが望ましい。M&A交渉の観点から難しい可能性もあるが、買収時に使用した事業計画の達成状況に応じて、M&A対価を後払いするアーンアウト条項を設定できれば、対象会社オーナーに事業計画を達成するインセンティブを付与することが可能である。
✔️ ロジスティクス関係業務のライセンスについて
対象会社が卸売・流通過程で運送/物流業務を行っている場合は、一部業務が外資規制対象となる可能性がある。例えばベトナム国内における陸上運送業務については、外資の出資比率上限が51%となっており、海上運送や鉄道運送についても同様の規制があるため、ストラクチャリングにあたって留意が必要である。
✔️ 外資規制商品の取り扱い
外資規制が適用される留意が必要である。代表的なものにはタバコ、書籍(新聞・雑誌等)、医薬品、砂糖、米、録画製品などがあり、対象会社がこういった商品を取り扱っている場合、M&A後は取り扱いを中止する等の対策が必要となる可能性がある。
その他、卸売・流通業の場合は一般的にあまり有形資産を保有しないので、事業の移管が比較的容易と考えられる。もし対象会社に重要なコンプライアンスイシューがあったとしても、受け皿となる会社を新規設立し、当該新設会社にビジネスを移管・出資を行うことで、リスクをリセットした状態での出資が可能となるケースもあるため、ご参考頂きたい。
3. デューデリジェンス(DD)における主要なイシュー
✔️ 資金繰りや在庫仕入関連イシュー
業種にもよるが、商品在庫の枯渇を防ぐため、保守的に在庫を多めに仕入れているケースがみられる。この場合、運転資金確保のために対応する銀行借入を行っていることもあり、常に仕入代金の支払いや借入返済に追われているローカル企業も少なくない。滞留在庫の発生にも繋がる可能性があるため、M&A後は適正在庫水準を設定することで、可能な限り在庫をスリム化することが望ましい。
✔️ 循環取引
同一の在庫を「対象会社→協力会社A→協力会社B→対象会社」という要領で何周も循環させ、売上や利益を水増しする循環取引を行っているケースが卸売・流通業のDDにて散見される。循環取引を行う理由は様々であるが、上述の資金繰りに関連し、銀行からの借入与信を確保するために見かけ上の売上を増やす等の理由が考えられる。
✔️ 不透明な支払い
得意先からの契約獲得のため、得意先担当者個人や流通代理店の営業担当者に何らかの不透明な支払いを行っていることがある。こういった支払いについては、賄賂に相当し違法となる可能性が高いことに加え、得意先維持・契約獲得のキーとなっており実務上、中止が困難(中止すると売上高が著しく減少する)こともあるため、重要なイシューとなる。
DDでこうした支払いが発見された場合は、そのスキームや将来の中止可能性などをクロージング前に十分慎重に確認することをおすすめする。
おわりに
以上、ベトナム卸売・流通企業のM&Aにおける留意事項等の解説を行った。卸売企業のM&A手続自体は、比較的難易度が低く留意事項も少ないと思われる。しかし将来の成長可能性や、一部コンプライアンスイシューについては十分な検討が必要と考えられるため、M&A専門家とも協力しつつ慎重にディールを進めていただきたい。