業種別ベトナムM&Aの特徴・留意点 第4回~ITソフトウェア開発業~
2024/12/18
- I-GLOCAL CO., LTD. ハノイ事務所
- 日本国公認会計士
- 近藤秀哉
はじめに
ベトナムはIT産業をテコとした経済改革を進めており、ソフトウェア開発会社に対して手厚い優遇税制を導入している。若い優秀なシステムエンジニア(SE)も豊富であり、外資企業にとってもベトナムは人気のITオフショア開発先となっている。
本稿ではシリーズ第4回目としてITソフトウェア開発会社のM&Aの留意点を解説する。
1. 対象会社の事業や将来性に関する留意事項
✔️ M&A目的と対象会社ビジネス形態との親和性
ITソフトウェア開発会社といっても、①ローカル企業向け売上が中心の会社、②海外に営業拠点を有し海外クライアントのオフショア開発需要を取り込んでいる会社、③他社のオフショア開発拠点として設立され、親会社向け開発のみ実施している会社など、いくつかのビジネス形態が存在する。
一方で買い手のM&A目的としては「グループ売上・利益規模拡大のため買収したい(ITソリューション会社が連結売上・利益の拡大を志向するパターン)」や「自社グループのオフショア開発拠点として買収したい」といったものが想定されるため、買い手のM&A目的と対象会社のビジネス形態がマッチしているかは確認が必要である。
なお対象会社のビジネス形態が上記②の場合、営業拠点として日本・韓国・シンガポールなどに子会社を有しているため、子会社を含めて買収するかは重要な検討ポイントとなる。
✔️ 強みとする技術や領域
フロントエンド/バックエンド開発どちらが得意なのか、ビジネス用/コンシューマー用どちらのアプリ開発が得意なのか、また得意とするプログラミング言語(Java, Python, C言語など)といった、対象会社が強みとする技術や領域もしっかり確認しておきたい。
✔️ プロジェクト開発体制
なかには経験の乏しいエンジニアしかおらず、案件のほとんどを協力会社に外注している会社も存在する。売上規模に見合わない多額の業務委託費用が計上されている場合は、社内開発体制が脆弱な可能性があるため留意が必要である。
✔️ 事業計画の評価
ベトナムは近年でも毎年5%程度以上のGDP成長率を見込んでいる成長国であり、経済成長に伴いITエンジニアの人件費も年々増加している。対象会社の事業計画において、人件費の増加とこれをカバーできるだけの売上増が織り込まれているのか、その売上増には合理的な裏付けがあるのか といった点は特に重要となると考えられる。
2. M&Aストラクチャリングに関する留意点
ITソフトウェア開発業は外資規制業種ではなく、一般的にM&Aストラクチャリングは比較的容易と考えられる。以下では、その中でも留意すべき事項をいくつか紹介する。
✔️ M&A後の競業避止
ITソフトウェア開発業はエンジニア中心のビジネスであり、M&A後に対象会社オーナーが別会社で同様のビジネスを立ち上げるリスクが想定されるため、事前に競業避止義務に関する契約を締結する等の対策を講じることが望ましい。買収時に使用した事業計画の達成状況に応じて、M&A対価を後払いするアーンアウト条項を設定できれば、対象会社オーナーに事業計画を達成するインセンティブを付与することが可能である。
また対象会社オーナーや営業キーパーソンだけでなく、ビジネスの核となるシステム開発部隊キーパーソンのリテンションにも留意する必要がある。通常の昇給/昇進に加えて、M&A後も一定期間在籍することを条件としたリテンションボーナスなども検討されたい。
✔️ 受け皿会社の設立・事業移管
デューデリジェンスで重要なコンプライシューが発見され、治癒が困難な場合には、受け皿となる新会社を設立し、エンジニアや各種契約等を移管したうえで当該新会社に出資するスキームも考えられる。このような手法で対象会社のコンプライシューなどをリセットする手法は、多額の有形資産を持たない業種の場合、比較的採用しやすいものと思料する。
3. デューデリジェンス(DD)における主要なイシュー
✔️ 優遇税制の適用リスク
国策により「要件定義」または「分析・設計」つまりソフトウェア開発のコアとなる業務を行っているITソフトウェア開発会社には、以下の手厚い優遇税制が適用される。
・ 売上計上開始年度から優遇税率10%が15年間適用
・ 課税所得が発生した年度から4年間は免税
・ 4年間の免税期間経過後、9年間は50%減税
新規設立した場合は15年間の優遇税制を享受できる一方、M&Aの場合は残りの期間しか享受できないが、いずれにしてもメリットは大きい。しかしこの優遇税制は自主適用であり、適用可否を事前に税務当局に確認・許可を得ることができない税制となっている。このため、将来の税務調査において優遇適用要件を満たしていない等のチャレンジを受けてしまうリスクが常に存在する。優遇税制適用の要件は以下の通りとなっている。
・ 「①要件定義」「②分析・設計」いずれか1つ以上の行程を行っている
(ソフトウェアの製造プロセスは①要件定義、②分析・設計、③プログラミング・コーディング、④検査・テスト、⑤完了・梱包、⑥インストール・ユーザーへの使い方説明・メンテナンス、⑦販売の7段階に分けられる)
・ 上記①②の工程を実際に行っていることを証明できる説明資料を作成保管している
・ 情報通信省にソフトウェアの開発活動状況報告書を提出している
・ ソフトウェアの「製造」を行っている(ソフトウェアの保守・メンテナンス活動等は「製造」に該当しないことに留意が必要)
・ 製造するソフトウェアが、情報通信省が公表するソフトウェア製品リスト(2021 年 12 月 3 日付の通達 20/2021/TT-BTTTT)に含まれている
実務上、「要件定義や分析設計を実際に行っていることを証明できる説明資料」が作成保管されていないケースが多数見受けられる。また、いわゆるラボ型開発会社に多いが、そもそも対象会社の開発業務が「要件定義」または「分析設計」に該当しないケースもあるため、優遇税制適用を前提として採算性や企業価値の評価を行うことが妥当なのか、慎重な検討が必要となる。なおこのリスクはM&Aクロージングまでの解消が困難なケースが多いが、クロージング条件に「直近年度までの税務調査を完了すること」という項目を入れられれば、過年度分についてはリスクが顕在化する可能性を最小限に抑えることができる。
✔️ プロジェクト原価管理体制の未整備
各プロジェクトに投入した人件費等の原価集計・管理を行っておらず、採算管理ができていない会社を実務上多数見かける。この場合、新規提案時に適切な工数見積ができない、赤字プロジェクトの改善対策が立てられない等の経営管理上の問題が発生する上、会計上も売上高と売上原価の適切なマッチングができない(原価の計上時期誤り)こととなるため、M&A後の早期改善が望まれる。
✔️ 移転価格リスク
対象会社がオフショア開発会社の場合、海外グループ会社(営業拠点)との取引価格やマージン設定が高すぎる又は低すぎる状態になっているケースがあり、移転価格税制上の懸念が識別されることがある。このような懸念が識別された場合は、M&A後に海外グループ会社との取引スキーム・価格設定を見直すことを推奨する。
なお他業種でよく論点となる二重帳簿は重要な問題にならないことが比較的多い。これは、二重帳簿を行う目的として多いのが税金を減らすことである所、IT開発会社には優遇税制があり、二重帳簿を行う必要性が低いためなのではと推察する。
おわりに
以上、ベトナムITソフトウェア開発業のM&Aにおける留意事項等の解説を行った。本業種のM&Aにおいて重要なのは、買い手にとって必要なIT開発会社の類型に対象会社がマッチしているか、また対象会社の人員・開発体制は十分かといった部分にあると思われ、これらのポイントを見極められるがM&A成功の鍵となるだろう。