ベトナムにおける株式譲渡・事業譲渡M&Aの税制および留意点
2023/04/20
- Le Thuy Vinh
はじめに
ベトナムの合併・買収(M&A)市場は2021年にピークを迎えた後、2022年には減速して慎重になった傾向がある。その理由は、世界的な地政学的懸念及び高インフレがクロスボーダー取引へ影響を与えたためである。しかし、ベトナム市場のM&A活動は2023年には発展機会が多く訪れると予測されている。M&Aを実施する際、考慮する必要のある事項の1つに税制がある。本稿では、ベトナムにおける主要なM&Aスキームの税制に関する留意点を説明する。
1. M&A概要
ベトナムにおける一般的なM&Aスキームは下記の2つがある。
(1)有限会社の持分または株式会社の株式譲渡(以下、「株式譲渡等」)
株式譲渡等とは、既存の会社(以下、「対象会社」)の持分または株式を売買することによって、対象会社の所有者、株主または株主構成員となることである。買い手は対象会社の経営権を入手し、対象会社の資産を間接的に所有することとなる。売買可能な株式には、株主から他の株主へ売却される既存株式、及び対象会社が発行する新株が含まれる 。
(2)事業譲渡
事業譲渡とは、対象会社が売りに出す財産の所有権を取得することである。M&A取引では、特定のビジネスの譲渡が行われることが多くある。事業を買収後、買い手はその事業の直接な所有者となり、自らの意思で事業を継続する。M&A取引において売買される事業は、有形資産(施設、設備、機械 など)と無形資産(ブランド、評判、人材などを含む)がある。
なお、日本会計基準や国際財務報告基準(International Financial Reporting Standards;IFRS)と異なり、ベトナムの会計税務レギュレーション上は事業譲渡の取り扱いに関して明確な規定がないため、実務上は個別資産・負債の譲渡として会計税務処理を行うことになると考えられる。実際にM&A取引を行う際には、会計・税務の専門家に相談しつつ処理することをお勧めする。
2.主要なM&Aスキーム別に発生する税金と留意点
以下の表では、主要なM&Aのスキームごとに発生する税金とその留意点を示している。
売り手の属性 | M&Aスキーム | ||||
株式譲渡 | 事業譲渡 | ||||
有限会社の持分 もしくは 非上場株式の譲渡 |
上場会社株式 (有価証券) |
一般的な固定資産 | 不動産(建物・ 土地使用権等) |
||
企業 | ベトナム 企業 |
法人税 課税所得=譲渡額-譲渡の対象となる株の取得価額-譲渡費用税率:20%(注2)付加価値税(VAT) 課税対象外 |
法人税 課税所得=有価証 券の譲渡額-譲渡 の対象となる有価証券の取得価額-譲渡関連費用税率:20%(注2)VAT 課税対象外 |
法人税 不動産以外の固定資産の譲渡・処分に寄る履歴は法人税上 、登記の課税 所得に計上される 。税率:20%なお、すべての条件を満たした場合 、企業が運用している事業活動と同じ優遇税率を適用するVAT 商品売買に伴うVAT規定して適用されている 。規定に従って 、 通常の税率10%(特別な場合は0%、5%) |
法人税 不動産譲渡による収益は個別に申告 ・計上する必要がある。課税所得=不動産譲渡 額-取得価額-譲渡関 連費用 税率:20% 企業が運用している 事業活動の優遇措置 を適用できない。不動産譲渡による損失は 、他の事業活動からの 利益と相殺されている 。VAT 土地使用権はVATの 課税対象外となる。課税所得=不動産譲渡 額-建物・土地使用権含む控除が認められて いる土地使用権価格 (「 控除が認められている土地使用権価格 の計算は場合により異なる 」) 税率:10% |
外国企業 | 法人税 課税所得=譲渡額-譲渡の対象となる株の取得価額-譲渡費用 税率:20% (注1)(注7)VAT 課税対象外 |
法人税(外国契約者税 :FCT)の法人税部分
課税所得:譲渡額 VAT |
売り手が外国企業の事業譲渡としては、主に 以下の2パターンが想定される。
①外国企業Aが外国に保有する自社事業を譲渡する場合 ①の税務処理は基本的には外国企業が所在する外国のレギュレーションに従って処理され 、 譲渡先が在ベトナム企業の場合は、譲渡資産の内容によって FCTが課税される 。 |
||
個人 | ベトナム 居住者 |
個人所得税 課税所得=譲渡額-譲渡の対象となる株の取得価額-譲渡費用 税率:20%(注4) |
個人所得税 課税所得=株式譲渡額 税率:0.1% (注5)(注7) |
対象外 | |
ベトナム 非居住者 |
個人所得税 課税所得=株式譲渡額税率:0.1%(注6)(注7) |
個人所得税 課税所得=株式譲渡額税率:0.1%(注6) |
対象外 |
(注1)通達78/2014/TT-BTC第14条
(注2)通達78/2014/TT-BTC第14条、第15条
(注3)通達103/2014/TT-BTC第13条
(注4)通達111/2013/TT-BTC第11条
(注5)通達111/2013/TT-BTC第11条、通達92/2015/TT-BTC第16条
(注6)通達111/2013/TT-BTC第20条
(注7)実務上、対象会社が非上場の株式会社である場合、有限会社持分の売却と類似の取引と判断され、税務当局によって譲渡益の20%が適用されるケースが見受けられる。実務においては、所轄の税務局にご確認いただきたい。
出所:各種資料を基に筆者作成
買い手の属性 | M&Aスキーム | |
株式譲渡 | ||
有限会社の持ち分もしくは非上場株式の譲渡 | 上場会社株式(有価証券)の譲渡 | |
企業 | ・売り手がベトナムの居住者でない場合、買い手の企業または個人売り手に代わって申告 および納税を行わなければならない。
・買い手、売り手共にベトナム非居住者である場合、株式譲渡が行われた企業である対象会社が、売り手に代わって申告・納税を行う義務がある。 |
証券保管振替機構を通じた取引であるため、 購買時点で同機構を通じて売り手が納税する。このため買い手に納税義務が発生しない。 |
個人 |
買い手の属性 | M&Aスキーム | |
事業譲渡 | ||
一般的な固定資産 | 不動産(建物・土地使用権等) | |
企業 | 法人税 譲渡対象資産について固定資産の減価償却を行い、法人税上、損金算入できる。対象会社(売り手)の納税義務は引き継がない。VAT 所定のインボイスや書類が十分にあれば、購入時に支払った仮払付加価値税(インプット VAT)は仮受付付加価値税(アウトプットVAT)から控除できる。その他の税金(例:固定資産登録税) 所轄官庁が登録を認めた日から30日以内に納税する。 |
出所:各種資料を基に筆者作成
【表3.スキーム別の税務メリット・デメリット】
株式譲渡
メリット | ・買い手は、税制優遇措置、繰越欠損金を含む対象会社のすべての納税義務を引き継ぐ。 ・株式譲渡の取引にはVATが発生しないため、その他事業活動にキャッシュフローを最適化できる。 |
デメリット | ・対象会社の納税義務 や 税務リスクを すべて引き継ぐため 、 申告漏れ等がある場合 、 将来リスクが顕在化する可能性がある 。 ・税務リスクを確認するために、買い手がDD費用等を負担しなければならない。 |
事業譲渡
メリット | ・買い手は、自社の戦略に合わせるビジネスラインの資産のみを取得することを決められる。 ・売却した資産に対してのみ責任を負うため、対象会社の税院債務等を気にする必要はない。これにより、買い手の税務リスクを軽減するとともに、税務デューデリジェンス(DD)コストも減少することが出来る。 ・固定資産の減価償却費は損金算入となり、所定のインボイスや書類が十分にあれば、購入時に支払ったインプットVATはアウトプットVATから控除できる。 |
デメリット | ・資産購入時にインプットVATを支払う必要があるため、買い手のキャッシュフローに影響を与える。 ・固定資産登録税を負担する必要がある。 |
出所:各種資料を基に筆者作成
おわりに
M&Aを含むベトナム市場は、比較的安全かつ魅力的な市場として外国人投資家から評価されてきた。国内外の投資家は、ベトナム政府の投資・ビジネス環境の改善努力、及び疫病の予防、マクロ経済の管理などの解決策に依然として信頼を寄せている。関連する税務上の義務については、M&Aスキームごとにメリット・デメリットがあるため、投資家が投資目標・戦略に合わせて検討することをお勧めする。