Reportレポート

ベトナムでソフトウェア開発事業に与えられる税制メリットとその活用の可能性

2021/01/25

  • 米国公認会計士
  • 鈴木 友紀

はじめに
 ベトナムは、ながらく科学技術のイノベーションをテコにした経済の構造改革を目指しており、その一環としてソフトウェア関連事業については手厚い優遇策を打ち出している。本稿では、このようなソフトウェア開発事業者、そしてその周辺事業であるソフトウェアサービス業者が享受できる税制上の各種メリットを説明するとともに、これらの制度の効果的な活用方法について検討したい。

1.ソフトウェアに関する法人税の優遇、付加価値税メリット
1.1. 法人税上の優遇
(1)優遇の内容
 法定の条件を満たすソフトウェア開発事業者は、法人税法上、あらゆる業種の中で最高クラスの税制優遇を受けることができる。まず、優遇税率10%が15年間にわたり適用される。この15年間は、売上が計上された年度から起算される。さらに、課税所得の発生から4年間は免税となり、続いて9年間50%減税が適用される(俗に「4免9減」と呼ばれる)。設立から3年経っても課税所得が発生しない場合、課税所得の有無にかかわらず第4事業年度から強制的に4免9減の優遇制度の適用が開始する。2021年に進出し、2年目に黒字化した場合の法人税率は次のようになる。

2021 2022 2023 2024 2025 2026 2027 2028
税率 赤字 免税 免税 免税 免税 5% 5% 5%
2029 2030 2031 2032 2033 2034 2035 2036
税率 5% 5% 5% 5% 5% 5% 10% 10%

(法令をもとに I-GLOCAL 作成)

(2) 優遇を受けられる条件
 最高クラスの優遇を受けられる分、優遇を受けられる条件も細かく定められている。まず、法人税の優遇を受けるためには以下の条件を満たしていなければならない。
a) ソフトウェア開発のライセンスを取得している
b) 開発しているソフトウェアが 2013年4月8日付情報通信省発行のCircular No.09/2013/TT-BTTTT(通達9号)のソフトウェア製品のリストに含まれる

(3) ソフトウェアの定義
 通達9号に列挙されているソフトウェアの種類は、国家レベルの開発プロジェクトにかかるものから家庭用エンターテイメントソフトまで様々なものが幅広く列挙されていることから、一般的に思いつくソフトウェアはひと通り含まれていると考えて問題ないだろう。

(4) 「ソフトウェア開発」の定義
 さらに、優遇を受けるためには実施事業がCircular No.13/2020/TT-BTTTT(通達13号)に定める「ソフトウェア開発」に該当していなければならない。通達13号によればソフトウェア製造のプロセスは、①要件定義、②分析・設計、③プログラミング・コーディング、④検査・テスト、⑤完了・梱包、⑥インストール・ユー ザーへの使い方説明・メンテナンス、⑦販売 の7段階に分けられている。そのうち①要件定義、②分析・設計の2つの段階が「開発」であるとされる。実施事業が優遇対象だと認められるためには、以下ソフトウェア 製造プロセスの①、②のいずれか1つ以上の行程をベトナム法人が行っている必要がある。
 通達13号が施行されるまでは、ソフトウェア製造プロセスのうち②から④までのいずれかを実施していれば優遇を受けられるとされていた(Circular No.16/2014/TT-BTTT(通達16号))。しかし2020年に同通達が改正され、優遇対象となるのはソフトウェア製造の初期段階の①要件定義と②分析・設計活動のみに絞られた。
 CAD作成やデータベース入力作業等、ソフトウェアを使用して何らかの作業を行うだけでは開発とは認められないのはもとより、実際にソフトウェアを形にしていくプログラミングや、動作確認のためのテスト活動を行うのみでは、税制優遇を受けられなくなった。
 なお、通達13号に設けられた経過規定(第6条)には、本通達の施行前からすでに通達16号に則って税制優遇が適用されている企業は、引き続き既存の優遇を適用できる旨が記載されている。ただこの経過規定の文言自体は解釈の余地が残る表現となっているため、今後発行されるであろうオフィシャルレターや実務の動向に留意する必要がある。
 ベトナムでは、通達16号による優遇政策の後押しもあってか、過去5年ほどでソフトウェア産業が拡大し、プログラマーの人数もその技術力も底上げされ、国内外でもこの点は好意的に評価されている。しかし、ソフトウェア開発の最初の段階である要件定義や設計まで行える、高度な技能を持つソフトウェアエンジニアは、ベトナムでは数が限られているという声はあった。2020年の法改正は、このような状況を打開したい政府の方針が反映されたものであろう。

(5) 法人税の優遇を受ける際に必要な証拠資料
 法人税の優遇を受けるためには、企業側で適切な証拠を準備しておく必要がある。具体的には以下の書類が必要とされる。

# 書類分類 法人税優遇
1 契約書
2 発注書
3 業務完了書/完成品引渡書
4 コマーシャルインボイス
5 銀行送金証憑 ○(2百万ドン~)
6 ソフトの開発状況の説明書類
7 エンジニアの資格証明書

 契約書については包括的なソフトウェア開発業務の委託契約書で構わないが、ソフトウェア開発を行うことを明記して、その他の書類についてはプロジェクトごと、請求単位ごと等に作成し、開発したソフトウェアの名称や追加した機能の概要を、対象が特定できる程度に記載することが望ましい。
 ソフトの開発状況の説明資料については実例が多くなく見極めが難しいが、たとえばプログラムの実行過程のキャプチャや核となるソースコードを抜粋する等して簡単なプレゼン資料を作っておくのも一案と思われる。
 上述の資料は、究極的には税務調査までに準備しておけばよい。しかし、通常税務調査が行われるときには、すべての証憑についてベトナム語訳またはベトナム語版の提出が求められるうえ、特に自社の開発内容の説明資料の準備は、求められる水準が明確でないため想像よりも時間がかかる可能性がある。毎月の作業の完了時やひとつのプロジェクトが完成したタイミング等に、簡易なものでもよいので、説明資料を作成しておくことをぜひご検討いただきたい。

(6) ソフトウェア開発以外の事業による売上がある場合
 ソフトウェア開発についての税優遇の対象になるのは前述の「ソフトウェア開発」に該当する事業のみである。ソフトウェア開発事業のほかに、たとえばソフトウェアの販売事業、前述のCAD事業やデータベース入力事業等の別事業を行っている場合、それらの事業については法人税優遇の対象とはならず通常の法人税法の規定が適用される。そのため、ソフトウェア開発事業とそれ以外の事業の収支は別々に算出しておき、それぞれに該当する税率を適用して法人税計算する必要がある。
 ソフトウェア開発企業に対する税務調査はまだ実施例が少なく、今後の税務当局の方針が注目されている。とはいえ実施事例は皆無なわけではなく、税務調査の結果税優遇が否認された事例もある。ソフトウェア開発事業であると考え、法人税の優遇が受けられることを前提に事業を行っていたにもかかわらず、事後的に税務調査で否認され、法人税の追徴分、遅延利息や罰金まで支払うことになってしまうと、企業にとっては負担が大きい。自社の事業が本当に法人税優遇の対象であるかどうかについて少しでも懸念がある場合には、まず税務局からオフィシャルレターを取得しておくことが最も確実といえよう。さらに自社の証憑や説明資料を整備する際には、会計事務所や監査法人の助言を参考にするのもお勧めである。

1.2. 付加価値税(VAT)の非課税
 つぎに付加価値税についてであるが、ベトナムでは、ソフトウェアの売買およびソフトウェアサービスに対するVATは「非課税」とされている。ただし非課税となるサービスの範囲については必ずしも明確に規定されていないので、自社のソフトウェアやサービスが非課税となるかどうかについては、念のため税務局に対して事前にオフィシャルレター等で確認されることをお勧めする。付加価値税免税のために必要な資料は、法人税の優遇に必要な書類と重なっており、契約書、発注書、業務完了書/完成品引渡書、コマーシャルインボイスの4点である。

2.ベトナムにおける配当金のメリット
 ソフトウェア開発事業に限ったことではないが、ベトナムは法人税率が 20%であり日本と比較して低い水準にある。また、2004年以降ベトナムにおいては配当にかかる源泉税が廃止され、無税で親会社に送金することができる。中国やタイでは10%、隣国のカンボジアでは14%の源泉税がかかることを考えると魅力的な制度となっている。為替管理規制が厳しいと言われるベトナムではあるが、配当の親会社への送金に対する規制は緩やかである。ベトナムで利益を出して配当として日本に還元することも、効果的な戦略のひとつと言える。
 ただし、親子間をはじめとする関係者間取引において、ベトナム法人側のみに利益が出ているような極端な状態であると、移転価格の観点から価格設定の適正性に疑義が生じうるため、そのバランスには配慮する必要がある。

おわりに
 本稿では、ベトナムでソフトウェア開発を行う法人が享受できる税制上のメリットについて述べた。2020年はベトナムの長期社会経済発展戦略の区切りの年である。ベトナム政府が次の長期発展戦略を練り上げていく中で、ソフトウェア開発を含めたIT分野の一層の発展は依然として重要なテーマであり続けるはずであり、この分野に対する税優遇は何らかの形で維持されると予測される。
 税制については法律のみでは判断しきれない部分も多いため、会計事務所や監査法人等の情報も活用し、税制メリットを最大限活用いただくことで、より多くのお客さまがオフショアでのソフトウェア事業を一層効果的に進めていかれることを期待したい。

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